なんもないけど。
それでも大事なんだよ。
君の隣にいることが、一番の幸せ。
朝、家を出る時、入念にアイラインをひいた。
朝、家を出る時、入念にマスカラを重ねた。
お弁当を食べてとれたピンクのリップも、しっかり塗りなおした。
一吹き、グレープフルーツの香りをまとった。
「がんばってるね」
真紀ちゃんが、てっぺんからていへんまで眺めて言った。
「イブだもん」
イブ。
なんてすっぱい響き。
「それで?」
「それで、って?」
「どうするのさ」
「どうするって?」
「幸宏」
分かっていつつも、一番の友達にだって突っ込まれたくない問題が、あるのだ。
「あ、枝毛発見」
「こら」
真紀ちゃんには通用しないから、黙ってイスに座った。
視線を同じくすると、真紀ちゃんは幸宏そっくりの細い目で、あたしを睨んだ。
「また、イブに大泣きしたいの?」
「またって、言わないでよ」
あのときは、拓也のことで泣いて、それから幸宏のことで大泣きした。
「あたしはね、珠樹が夜中に電話してきて欲しくないの」
去年は眠れなくて、真紀ちゃんに泣きついたのだ。
「それで幸宏がびーびー言うのも、嫌なの」
真紀ちゃんは幸宏の、双子の妹だ。
それを知ったのは最近のことで、真紀ちゃんは呆れていた。
呆れながら、『彼女がいるよ』って言ってくれた真紀ちゃんは、高校に入ってからできた一番の友達だ。
「その時は、ごめん」
「別にいいけどさ」
「ねえ、本当に、どうするの?」
あたしの頭は、パーだから。
「どうする、って」
パーだけど、幸宏が欲しいって気持ちしかない。
「どうする、って言われると、困るんだけど」
でも、幸宏は本当に雪乃ちゃんが好きだ。
「困るんだけど、一番困ってんのは幸宏じゃん」
もう、目も当てられないぐらいに幸せそうに、目じりを下げて笑うのだ。
「だから、楽にしてあげようかなー…って」
「無理でしょ」
すかさず突っ込まれたから、唇をいーーってした。
「幸宏、あたしのこと、なんか言ってた?」
「うるさいやつだって、言ってた」
「だろね」
くすくす笑って、あたしは目に浮かんだものを拭う。
「もうあたし、楽になりたいの」
真紀ちゃんが、黙って肩を抱いてくれた。
優しい、においがする。
「本当に、いいの?」
黙って首を縦にふる。
「もしかしたら、あたしのお姉ちゃんになれるかもよ?」
「ゴキブリが絶滅しないかぎり、真紀ちゃんのお姉ちゃんにはなれないよ」
そっかって真紀ちゃんは呟いて、それでもう一度、強く抱きしめてくれた。
「ごめんね」
幸宏も、こうだったらいいのにな。
それで、白いマフラーに顔をうめたあたしは、
隣の人のぬくもりを感じられない距離に、鼻をすする。
今日は、イブだ。
頑張っているあたしに、幸宏はなにも言ってくれなかった。
雪乃ちゃんだったら、どうだったかな。
「あの、さ。プレゼントが、あるんだ」
振り払うように言った。
「いら、ない」
「毒じゃないって」
胡散臭げに見てくる幸宏からしたら、あたしはそういう人なのかもしれない。
「ちょっと、こっち来て」
前方の公園を指差した。
「ここじゃ、ダメなん?」
「ちゃんとした所で渡したい。いいじゃん」
先に歩いて行ったら、やっぱり幸宏はついて来てくれた。
「押しに弱いから、あたしに捕まっちゃうんだよ」
「うっさい」
ベンチに座ろうかと思ったけど、イスは冷たそうで諦める。
「あ、ブランコ」
錆びて、所々に剥げた青いブランコに駆け寄って、立ちこぎする。
ゆらゆら揺れて。
ちょっと前で、幸宏がセーターの袖に手を入れている。
あーあ。がっかりだよ。
「用がないなら、帰りたいんだけど」
「このプレゼントが終わったら、雪乃ちゃんの所にすぐ行けるよ?」
「は?」
「あたし、もうね、雪乃ちゃんに、幸宏を返してあげる」
黙って見上げてくる幸宏の目からは、なにも読み取れない。
あたし、エスパーじゃないし、ね。
「もう、つきまとわない」
「もう、こういうことしない」
「だから、従わなくていいよ」
「俺の、気持ちはどーすんだよ」
「うっさいやつだっていう、気持ちでしょ?」
「俺は」
「今もこれからも、友達だもんね」
「そうじゃなくて」
そう言うわりに、幸宏はセーターの袖から手を出さない。
「この、チキン!」
「え?」
「チキン!チキンなんか嫌い!」
ブランコから降りて、幸宏に近づく。
近づいて、頭一個ぶん高い幸宏に、指をつきさす。
「なんでそんなに、チキンなのよ!雪乃ちゃんが、可哀想でしょ!?」
「臆病だ、って言いたいのか?」
豹変したあたしの態度に、幸宏はつっかえながらもそう言った。
「当ったり前じゃん!
あのね!幸宏は分かってないみたいだけど、そうやって手を隠している時って、
怖がってる時なんだよ?!」
ハッと、幸宏は体を固くした。
それでも、セーターの中で温まっている幸宏の手は、大きくて。
あたしは、雪乃ちゃんと繋いでいるその手が、本当に欲しくて。
「楽しい時は。どんなに寒くっても、手、出してるんだよ…?」
それが、あたしへの答えなんだから。
「泣く、なよ」
「うるさいチキン。早く、雪乃ちゃんのとこに、行きなよ」
全然、可愛くないよあたし。
それでも、幸宏は黙ってそこに立っている。
迷ってるんじゃないんだよ、ね。
半端な優しさ。
「あたしのこと、ちょっとでも友達って思ってるんだったら、
友達の願い、叶えて、よ」
好きです。
でも、好きです。
言えたらよかったけど、あたしは可愛くないから。
だから、もう一度、卑怯な手を出したけど。
鈍感なあいつには、気づかれなかった。
誰もいない公園のブランコで。
流れたマスカラはほっぽったまま。
「サンタさん。あの人を、鈍感から卒業させて下さい」
もう二度と、誰かがそれで、傷つかないように。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
2006/12/29
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