これで、最後だから。
もう一度だけ。
卑怯な手をあたしに。
最後にするから。
『片割れながら、むかつく』
ベッドの上で、電話の向こう側でうなっている真紀ちゃんに、
だよねーって、思ってもないことを言う。
『でも、珠樹にも、むかつく』
「あたしも、そう思う」
『雪乃ちゃんにさ、あんなに色々してたんだから、奪えば、よかった、じゃん』
過去半年を振り返ってみると、恐ろしいこと、いっぱいしてきた。
例えば、雪乃ちゃんの前で幸宏に甘えたり。
例えば、雪乃ちゃんに別の男を紹介したり。
例えば、雪乃ちゃんに断って幸宏と帰ったり。
だから真紀ちゃんは。
その中に『例えば、雪乃ちゃんから幸宏を奪ったり』を加えても、よかったんじゃないか、って。
「真紀ちゃんが、泣かないでよ」
『泣いてなんか、ないったら』
そこで鼻をすすっちゃって。バレバレじゃん。
「幸宏がチキンなのは、誰に似たんだろ」
『お父さんと、おじいちゃん』
「女が強い家系なんだ?」
『だから、珠樹が妹でも、全然、オッケーだよ?』
それは、幸宏に言って欲しかった言葉。
「真紀ちゃん、イブなのに、ごめんね。ありがとう」
『ほんと、イブなのに、なにやってんだか』
一緒に、鼻をすすった。
笑えた。
最後にするから。
電話を切る前に、真紀ちゃんにそう言った。
いってらっしゃいと、暖かく言ってくれた真紀ちゃんに、ちゃんと応えなきゃいけない。
い、た。
手には化学の教科書と白衣を持っている。
幸宏は、ちっとも白衣、似合わないんだよな。
真紀ちゃんの方が、様になってる。
気づく、かな?
視力の悪い幸宏でも気づく距離になって、急に騒ぐ、胸の奥。
髪の毛をかきまぜて、整えて。
大きく息をすって。
あんもー…。お腹、痛くなってきた。
あ、って。
あ、って。
逸れる視線。
一緒に、離れるキモチ。
1、
2、
3。
化学の教科書と、ちっとも似合わない白衣を持った幸宏には、
白くて優しくてふわふわの彼女が、いる。
そう、あたしなんて。
ほんと、ただの、隙間なんだから。
「幸宏!」
お前ら、幸宏じゃないじゃんってぐらいに、こっちを見ている廊下。
当の本人は、ビクリと肩を上げてからこっちを見た。
「今まで、ありがとう。末永く、お幸せに!」
「ど、ゆー…?」
「さよなら、って意味。ほら、化学室、間に合わないよ?」
そう言って、ピンクの、あの時から変えていない、携帯を取り出す。
「ほら。2分前」
「あり、がと」
「いいえ、こちらこそ」
「ありがとう」
「じゃーね」
そのありがとうは、どういうありがとう、なんだろうか。
考えてもしょうがないよと、教室へ向かう。
幸宏は、ぎりぎり間に合うだろう。
けどあたしは、30秒ぐらい遅刻するかも。
でも、
上手く、笑えた自信はある。
「さーて」
大きく伸びをして、首をならす。
この自信を、なにに変えようか。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
2006/02/07
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