楽園はどこにあるの


「ちょっと、話があるんだけど」

 そう声をかけてきたのは、見たことのない女の子。

「だーれ、あなた?」

 持っていたピンクの箸をおいて、首をかしげる。

 はて。勝気そうな目が、怒っている。
 勝気そうなだけに、怖い。

「雪乃の、友達よっ」
「ふーん。で、なんの用?」

 おっとりふんわりしている雪乃ちゃんに、こんな友達がいるなんて。
 人間って、不思議だ。

「ここじゃなんだから、こっち来て」
「ご飯食べてるんだけど」

 貴重な昼休みを、名前も知らない女に邪魔されたくない。
 でも、その態度で刺激してしまったみたいで、女がガツンとイスの足を蹴った。

「来て、って言ったの聞こえなかった?」

 一緒にお弁当を食べていた友人どころか、クラス皆の視線が集まった。
 渋々立ち上がって、女の後に続く。




 女がやって来たのは、昇降口だった。
 昼休みが始まってしばらくたったからか、下駄箱 周辺には人がいない。
 今まで背を向けていた彼女が、こっちを向いた。

「いい加減にしてくれない?」
「なにを?」
「どうして雪乃のこと、イジメるの?!あの子、アンタのせいで随分痩せたんだからね?!」
「あら、そりゃお気の毒様」

 雪乃ちゃん、ただでさえ細いのに。

 てか、どうやったら痩せるのかな。食べないだけで?ストレス?

「だからっ!アンタのせいなの!」
「アタシの、せい?」

 それは、聞き捨てならない。

「村田君に、ひっつくの止めてよ」

 村田君とは幸治の苗字だ。

「どーして?」

 乾いた音が辺りに響いた。

「なにすんのよっ?!」
「分からないフリ、してんじゃねーよっ!」

 打たれた頬に手を当てる。

 痛い、熱い、痛い。ヒドイ。

「ヒドイ」
「アンタには負けるわよ。雪乃と村田君、付き合ってるんだよ?」
「だからなによ」

 そんなの、聞かなくったって分かってるし。

「バカ?好きあってる人たちの中に割って入るなんて、アンタ、バカなんじゃないの?!」

 バチンと、頬を打ってやった。

「な…!」
「本気で人を好きになったコトのないヤツなんかに、アタシのやること、口出ししないで!」


 好きだもん。
 スッゴク、好きだもん。

 だから、

「諦めたくったって、無理なのよっ!」

「なにが無理よ!人の不幸が蜜の味ってわけ?!」
「それは雪乃ちゃんでしょ?アタシの不幸の上で幸せやってんだから!」
「アンタなんかと一緒にしないでよ!」

「どうして幸治が雪乃ちゃんを好きなんだか、ちっとも分かんない!
 こんなことして、自信がないんでしょ?アタシに取られると思って、不安なんでしょ?
 だから、アンタを送り込んだんでしょ?!
 どうしてそんな女と、幸治は付き合ってんのよっ!」

「このバカ女!!」

 再び、女が手を上げたのが、右端にうつった。
 暴力でしか力を示せない女なの?
 最低だ。

 ああもう。
 殴られたショックで、全部忘れたい。
 全部、ぜーーんぶ。


「おい」

 目の前に突然できた、大きな影。


「なにやってんだよ」
「むら、た、君…」

 目を開けたら、よく見た背中があった。
 そして、女の高く振りあがった左手首を握っている幸治がいた。

「あんさ、そーゆーのは俺に直接言ってよ」

 振り返った幸治は、アタシではなくその後ろを見て言った。
 ならって見れば、口元に手を当てている雪乃ちゃんがちょっと先にいた。

「ち、がう。雪乃は関係ないっ!アタシが勝手にやったことで…」
「でも、不安だったのは確かだろ?違う?雪乃?」
「ごめん、なさい…」

 その場から走り去っていった雪乃ちゃんを、女が慌てて追いかける。
「待って!」

 慌てて女の左手首を掴む。

「な、に」

 殴られるかと思ったのか、女は固く身体をしめた。


 でも、やりたいことは違う。

 そっと、左手首を撫でる。
 もう一度、撫でる。


 この温かさは、誰の体温?


 欲しいのは、君の体温。



「ちょっ!」

 そっと、唇を当てた。

 ら、凄い力で手が引き抜かれた。

「さいってい!」
「断っとくけど、レズじゃないから」

 走り去る後姿に言ってみたけど、信じてもらえてないのは幸治のため息で分かった。


 当たり前か。


「珠樹」
「なーに?」
「ほっぺ、赤いよ」
「痛い」
「保健室、行くか」
「うん、ありがとう」

 雪乃ちゃんじゃなくって、アタシを選んでくれた。

「ありがとう」

 隣のクラスなのに。
 あの場にいなかったのに。

 駆けつけてきてくれた。

「気にすんな」

 そう言って、大きな手が頭をかき混ぜてきた。

「あり、がと」

 今はこっちを見ないで幸治。
 アタシ、マスカラの落ちた顔、見せたくないから。

 でもいつか、こっちを向いてほしいの。

 いつだってこっちを、向いていてほしいの。

 好きでいても、いいよね?


 諦めるのが無理って、言っててもいいよね?







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2007/08/20





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