楽園はどこにあるの


 バイトへ行くからと、反対ホームに立った幸治の後姿を、ぼんやりと眺める。

 こっちを向くことはない。

 だって、電話、してるもん。
 誰だか、声なんか聞こえなくても分かる。
 時々、肩が揺れている。

 笑わせてあげている相手は、雪乃ちゃんだ。

 思い込みだったら、どれだけいいか。

 少しでも、同じ空間にいたくて、電車を1本見送った。
 本当だったら、近所の幸治とは20分一緒だったのに。
 恨めしくって、反対側のホームにいる幸治を見た。

 バイトって、バイトって。

 しかも、理由に雪乃ちゃんだなんて。

 幸治の目の前に、ゆっくりと電車がすべってきた。
 ホワイトの携帯を後ろのポケットにしまって、ドアの横に立った幸治が、こっちに気づいた。
 ちょっと、ビックリしている顔で、手を振ってきた。

 また明日

 そう言った口に、こっちも手を振って応える。

 意識してないんだろうか。

「ヤーな男」

 続いてやって来た電車に乗り込む。
 真っ直ぐ家に帰って、数学でもやろうかな。
 流れていく屋根と屋根と、それから屋根を見て、背中になってしまった昔を思い出す。



「こーじくんっ!」
「なぁに、たまき」
「あのね、これっ!あげる」
「ぼくに?」
「今日はバレンタイン、でしょっ?でもっ、でも、パパが食べちゃったの。だから、これっ」

 お母さんに手伝ってもらいながら作ったチョコレートは、
 こんがらかった緑色のリボンでラッピングされて、リビングの机に上においてあった。

 渡すのを、忘れないようにと。

 なのに、髪の毛を結ってもらっている間に、父が食べてしまったのだ。

 泣いて怒って。

 でも、チョコレートが帰ってくるわけもなく。
 もう行く時間だとせかす母に、
 コンビニで買ってきてやると言う父。
 もういい!って飛び出して、こんがらかった緑色のリボンを手にして隣の家に駆け込んだ。

「ごめん、なさい」

 床の上の黄色の靴下が、歪んで滲んだ。

 好きな人に想いを伝える日なのよ、って。

 お母さんが言うから、頑張ったのに。

 なにより、幸治に喜んでもらいたかったのに。

「おねがい、きらいに、ならないで」

「たまき」

 顔をあげたら、器用に緑色のリボンをネクタイにしている幸治がいた。

「ぼく、みどりいろがだいすきなんだ」
「うん」

 知ってるよ。

「だから、すっごく、うれしいよ」
「うん」


「だから、だいじょうぶだよ」


 さ、よーちえん行こうと、差し出してくれた手が嬉しかった。
「こーじくん」
「なぁに?」
「だーいすき」

 チョコレートの分まで、想いが伝わってくれればいいな。

「うん。ありがとう」


 あの時から、それが当たり前になった。


 怖いコトがあると、必ず幸治が傍にいた。
 雷が鳴った夜にも、幼稚園で友達とケンカした日にも、
 お母さんにテストの点数で怒られた日にも、
 数学の単位を落としそうになった時も。

 いつだって、傍には幸治がいた。

 「大丈夫だよ」って、いつだって頭を撫でてくれた。

 お母さんや保母さんに頭を撫でてもらうよりも、ずっと気持ちの良い行為が、
 好きになった理由。



 嬉しそうに笑ってくれた幸治だけど、思い返せば返事がなかった。

 それが、答えってコトなんだろうけど。

 駅の改札に定期を通して、すっかり暗くなった空を見上げる。

 でもさ、答えてくれなかったんだもん。
 あの時から、ずっと。


 好きでいても、いいじゃん。
 もしかしたら、好きになってくれるかもしれないじゃん。
 もしかしたら、雪乃ちゃんよりアタシを選んでくれるかもしれないじゃん。
 だって

 雪乃ちゃんよりも、もっと、もっともっと前から、呼んでるんだもん。
 雪乃ちゃんよりも、もっと、もっともっと前から、好きなんだもん。

 だから、いいじゃん。
 雪乃ちゃんにイジワルしても。
 幸治を返してもらおうとしても。

 だって、答えてくれなかったんだもん。





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2007/08/18





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