秋をすっとばしたかのように冷え込んだこの町の、この部屋の、この窓で。
切り取られた外を、手元のレモネードの温度を感じながら眺める。
「楽しい?」
「ふつー」
「じゃあ、楽しいこと、しよ」
隣に腰をおろしたコウが、腰に手を回す。
「いや、いいって」
「遠慮せずせず」
背中を執拗に撫でるその手から、よじって逃げる。
「だめ?」
困ったようにして見上げるコウの茶色の髪は、いぢわるしたくてコテで巻いたから、くるくるしている。
「話が、あるの」
「妊娠?」
マジメくさった顔で、エロネタはいけないと思う。
「違う」
「堕ろせって、言わないよ?」
慣れきったエロネタを、慣れきって流す。流し去る。
去りたく、ないけど。
「あたし、この窓からの景色もね、この部屋もね、この町も、すごく、好きなの」
ああ、だめだ。
コウの目は、見れない。
見上げてくるコウの目は、すごく優しい。
あたしは窓の外を見る。コウには、背中を見てもらおう。
ためらっちゃう。
けど、ずっと、考えてた。
ここで、いいのかな?って。
本当は、もっともっと、違う場所が待ってて。
その場所が、ベストなんじゃないかって。
「だから」
「言わないで」
コウの日焼けしていない白い手が、後ろから回り込む。
右肩に顔をうずめているせいで、巻き毛が頬をくすぐる。
「けど」
「知ってるから、言わないで」
「でも!」
「俺のこと、この町とこの部屋とこの窓ぐらいに、好き?」
言わなきゃいけないことは、コウのその質問でノドにすべりおちた。
「レモネードの方が、もっと好き」
「ヲイ」
「だって、美味しいんだもん」
「俺が作ったんですけど?」
カップを奪って、コウは甘酸っぱいレモネードをすすった。
「だから、好きなの」
困っちゃうよ。
この町も、この部屋も、この場所も、このレモネードも好きなのに。
「どこ行くの?」
「とーきょー」
見えないけれど、コウが眉間を寄せたのは分かった。
「1人で?」
「そう」
「住むところ、決まってんの?」
「うん。駅から近いの」
繁華街だということは、伏せておこう。
「コウの好きそうな、本屋さんがあるよ」
「そっか」
「友達と、ルームシェアするの」
「それ、男?」
「どーかな?」
「ゆかえちゃん、俺いがいに男がいたんだ」
鼻をならして、首に舌をはわす。
それ、弱いんだよね。
「翔って、子なんだ」
「苗字、変えちゃうんだ?」
「変えられないよ。“翔子ちゃん”だもん」
「謀ったな」
コウが持っていたカップに、片手を添えてレモネードを飲む。
傾けたら、カップの底が見えてしまった。
「コウにあげる」
「カラダを?」
「レモネードを」
「それはどーも」
ゆっくりと、コウの腕をほどく。
「向こうは、冷たい人が多いよ」
だからコウは、東京の人が嫌いなんだよね。
都会ってだけで。国会があるだけで。いばりくさっちゃって、って、思ってるんだよね。
「あたしが、氷の心を溶かしてくるの」
「俺は氷かけてるのに?」
向き直ったコウの頬は、白い。
それは、日焼けをしない体質だからっていうだけじゃない。
その頬に手をあてたら、やっぱり冷たかった。
「氷かけてるんだよ」
コウは、あたしの手に手を重ねる。
男のくせに、冷え性なんだから。
「けど、ここじゃ、ないの」
「分かってる」
泣かないで。
あたしも、泣きたくなっちゃうよ。
「俺は、ここにしかいないよ?」
それでも行くの?と、茶色の目が言っていた。
ゆっくり。
時が止まってしまうと言うには、大げさだけど。
でも、今ここで流れている時間は、ゆっくりだった。
コウの、茶色の瞳も、茶色の髪も、白い肌も、白いのに筋肉質なコウのカラダも、エッチなコウも。
全部、覚えて、刻み付けるから。
だからコウも、あたしを刻み付けて。
急激に、時間は速さを取り戻した。
「なに言おうとしたか、忘れちゃった」
おどけて言ったら、腕をひっぱられて今度はあたしがコウの右肩に顔をうずめる形になった。
「元気で」
かすれた声は、寒いからかな。
こうやって噛みしめていたら、走馬灯のように思い出すものがあるのかと思ってた。
遊園地のデートだとか、初めて会った日だとか、レモネード作る時の背中だとか。
そんな毎日に、さよならを言うのね。
「好き」
心の中で言ったのか、それとも口に出して言ったのか。
だって。
「愛してる」
もっと力をこめて、コウの首にしがみつく。
この暖かさを、忘れないように。
この暖かさを、忘れないで。
心はここに、残していくよ。
私は窓の向こうがわの、そのまた向こうがわへ行くけど。
でも、きっとものにするわ。
弱音は、しまいこむの。
あなたはここにしかいないけど。
けど、チャンスはここに、ないから。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
2006/10/30
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