彼女はいつも、その場所に立っていた。
なにかをするわけでもなく、ただ、立っていた。
「ねえ、大丈夫?」
好奇心から声をかけてみたら、浮かんでいた視線が、こっちを向いた。
「いつも、立ってるけど」
誰か待っているの?と聞けば、薄い桃色の唇が動いた。
「青い、」
かすかな声だった。
けれど、かすれた声ではなく。
だからって、聞き取れないほど小さな声ではなく。
キレイな、キレイな声だった。
「青い?」
続きが聞きたくて催促すれば、さっきまで僕を見ていた目が、どこか遠くを見ていた。
「ねえ、なんの青なの?」
けどそれっきり。
それっきり、白いワンピースを着た彼女は、口を開いてはくれなかった。
「ねえ、なんの青なの?」
次の日も、僕は声をかけてみた。
彼女の言った言葉の、続きが気になったからだ。
いつからいたのか分からないが、彼女は今日も白いワンピースを着て、立っていた。
「海?それとも、空の青?」
「ちがう」
「違うの?」
「ちがう」
「じゃあ、なんの青?」
桃色の唇が、動いた。
けれど、キレイな声は出てこなかった。
しばらく待ってみたけども、彼女はなにも言わなかった。
ただ、視線を浮かせることなく、僕の目を見て。
まっすぐに見てくる薄いグレーの瞳が、悲しそうに揺れていた。
それから僕は毎日、仕事に出る前に彼女に声をかけることにした。
僕の仕事はくだらないと言われる、遺跡から発掘したものを磨く作業だ。
壊さないように、削り過ぎないように。
そのことだけを考えて、毎日ブラシやナイフを手にとる。
そんな繰り返しの中、彼女だけは毎日同じ反応をしてくれない。
話しかけても、しゃべってくれない時もある。
僕を見たかと思えば、すぐにどこか遠くを見ている。
それが、なんだか新鮮で。
だから僕は、彼女の言った青の答えを自分で探すことにした。
暇つぶしでもあったけど、彼女の青がどの青なのか。
それを言い当てられたら嬉しいな、と思った。
海の写真から始まって、空の写真、青いシャープペンシルに、青いノート。
青いバッグ、青いくつ、青いイヤホンに、青い石が連なったネックレスも見せた。
けれど、彼女はいつも『ちがう』と言う。
ちがった青に、彼女は興味を示してくれなかった。
行き場のない青は、僕の部屋にやって来ることになる。
だんだんと、部屋は青くなっていった。
ある日、仕事帰りの道端に大きな人だかりができていた。
どうやら、都から来た花売りが注目を浴びているようだ。
花を愛でる趣味は、ない。
そのまま通り過ぎようとした時、僕の耳に一つの単語が飛び込んできた。
それは、くる日もくる日も彼女に見せるものの基準になる色。
「時期が早い、珍しいあじさいの花だよ!きれいな、青い花だよ!」
気づいたら、前にいた人を乗り越えて青い花を手にしていた。
何枚もの花びらが折り重なるようにしているその花は、しっとりと濡れている。
この青い花を、彼女はどう見るのだろうか。
やっぱり『ちがう』と言うのだろうか。
それとも、僕がまだ見たことのない反応を示すのだろうか。
そんなことを考えて、自然と目じりが下がるのは、今に始まったことではないけど。
早く明日がくればいいのに、なんて思ったのも、今に始まったことではないけど。
でも、いつもと違う感覚が、僕をじわりとにじませた。
「今日はこれを持ってきたんだ」
いつものように、彼女は白いワンピースを着ていた。
いつものように、彼女はゆっくりと目の前にある青を見た。
「どう?青い、花なんだ、け、ど…」
それが、答えだったようだ。
「青い、花」
初めて、彼女の手が伸びた。
白くて細い指が、花をとる。
「青い、花」
花びらの中に顔を埋めて、つぶやく声がする。
「青い花」
花がひらく時のように、ゆっくりと。
彼女が、ほほえんだ。
初めて見るほほえみに、僕のこころは浮かんでいってしまいそうだった。
「青い花を、待ってたの?」
かすれて、彼女のようなちっともキレイじゃない声で、僕はそう尋ねた。
「ちがう」
また、探さなきゃいけないのかな、なんて不安は、次の瞬間に消えうせた。
「青い花を、持って来てくれる人を、待っていたの」
彼女がほほえんだ。
彼女のほほえみが、僕をにじませた。
今日だけなんて、言わないで。
明日も明後日も。
これからずっと、君に青い花を贈るよ。
LINKに貼った『Nicolo』さんのお題、『weaker』から。
当初の予定では、彼女はもっと高ビーな子でした。
なのに、こんな不思議ちゃんになっちゃったよ…。
しかも、あじさいって早い時期とか、あんの?
あるんです。ここの世界は、違うんです。
白馬に乗った王子様、みたいなノリで書きました。
とりあえず、これからは『weaker』からのお題を消化していく予定。
まぁ予定は未定ですから。
…いや、頑張ります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
2006/05/28
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