彼氏と別れた。
一昨日、『君より好きな子ができた』って言われた。
アタシが一番じゃなかったんなら、『いいよ。付き合おう』って言わないで欲しかった。
もう、恋なんてしない。
しょっちゅう振られてたら、美容院にかけるお金がハンパじゃない事になる。
決めた。もう、恋なんてしない。
何度目かの誓いを、もう一度だけ。最後にするからと、たてた。
「髪、切ったの?」
高橋だ。
「悪い?」
何が楽しいのか、ヨクちょっかいをかけてくる。
決まって、振られたその日か次の日か、一週間後か。分かっているのは、振られた時に今まで以上に話かけてくるってこと。
「いや。可愛いよ」
赤面するようなこと、言って欲しくない。
ふんっ、とソッポを向く。
「それって、今までのアタシが可愛くないってことでしょ?」
「また可愛くないこと言うね。瑛里ちゃんは」
「可愛くなくって結構でーす」
机の上に出していたシャープペンを、高橋に渡す。
「あげる」
「僕に?」
「いらないなら捨てて」
そう言いつつも、しっかりと受け取る。貰えるモノは貰っとけ。
「ドリンクバー頼んだら、もう勘弁して下さい!ってぐらい飲むタイプでしょ」
「僕、瑛里ちゃんとサイゼリア行ったこと、あったっけ?」
まさかと思ったけど、顔を見たらマジって書いてあった。
「それより、イイの?」
「何がよ」
横目で高橋の表情を窺うと、何が嬉しいのか目じりを下げている。
「シャープペンと、自慢の腰まである黒髪」
述語が抜けてっけど、言いたいことは分かった。何でソノ シャープペンを自分に渡すのかと、どうして腰まで伸びた髪を切ったのかってこと。
「知ってるでしょ?」
一字一句、確かめるように。ヘレンケラーに言葉を教えたサリバン先生のように、ハッキリと発音する。
「アタシが、失恋したら髪の毛切って、付き合っていた男と関係したモノ、全部捨てるってこと」
アハハと笑われた。
「何よ?」
抑えられないのか、口元に手を当てて話す。時々、笑いのせいで句点が妙なところに入った。
「だって、瑛里、ちゃん。いつもだったら『お前に関係あるか!』って怒鳴る、子、だったじゃん」
変わったんだね。成長したんだね。って、言われた。
一旦火がつくと止まらないのか、未だに笑っている高橋から目をそらす。
知らない。そんなこと。痛い想いして手に入れた成長を、どうやって喜べっていうのさ。自分だって、成長したのか分かんないのに。
「一つ、聞いてもイイ?」
「嫌だ」
「『他に好きな子ができた』って言われたの、ホント?」
嫌だって言ったのに。人の話ぐらい聞け。バカ。
「それが、アンタの人生にどう関係するワケ?」
とがった目つきで高橋を睨んだけど、全然気にもせずに話しを続ける。
「僕はね」
質問に答えないで、勝手に自分の話を始める。ああ。何でコイツと同じ学校で一緒のクラスで、隣の席なんだろうか。
「他に好きな子ができたって言って、君と別れないし、今誰と遊んでるんだ!?って怒って、君に写メを送れと強要しない」
ピンクのシャープペンを指の上でクルクル回して、高橋が続ける。
「君以外の女の子と付き合って傷つけるマネもしないし、待ち合わせ場所で3時間も君を待たせることだってしない」
「アタシに、ケンカ売ってんの?」
それ、全部。アタシが今まで経験して、別れる原因になったヤツじゃん。
「僕は、君を傷つけるマネは、絶対にしない」
目が合う。
今まで見てきた、どの人よりも正直な目が、アタシを、真っ直ぐ射抜いている。
「だから。僕にしなよ」
彼氏と、別れた。
昨日、腰まであった髪の毛を切った。大切にしていた写真をビリビリに破ってゴミ箱に捨てた。
送受信したメールとアドレスも、削除した。
今日、初めてヤツから貰ったプレゼントでもある、ピンクのシャープペンを、高橋にあげた。
今、アタシが高橋から貰ったモノ。
もう一度だけ。恋、しようか…って気持ち。
私の夢を形にしてしまった…。
失恋したら髪を切るのが古い…っていう人もいるけど、
アタシはそうしたいな〜って。
失恋前に、好きな相手もいないんだけど。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
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